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三島屋楽器店 本社

〒940-0065
新潟県長岡市坂之上町1-6-11



高見工場(新潟)

〒940-0004
新潟県長岡市高見町4236
TEL(0258)24-1536
FAX(0258)24-1537



福山工場(広島)

〒720-0841
広島県福山市津之郷町津之郷206-1
TEL(0849)49-0987
FAX(0849)49-0988




mishimaya_logo01.gifの歴史

起源
起源は江戸時代末までさかのぼります。現存する資料によれば、山田長松(1825~1883)が越後国出雲崎(現在の新潟県三島郡出雲崎町)で営んでいた『山田三味線店』がその起源です。現在本社のある長岡市に移り住んだのは息子八次郎(1858‐1937)です。市内船江町に店舗を構え、そこで第二次世界戦後まで営業を続けます。

屋号
三島屋』を名乗り始めたのは八次郎が長岡に出てきて間もなくのことと思われます。起源である山田三味線店が出雲崎にありましたので、三島(サントウ)郡もしくは三島(ミシマ)町という地名から“ミシマヤ”という屋号を付けたのでしょう。弊社のマークであるは八次郎の“八”の字をとったもので、現在も使われ続けています。

大戦後の方向転換
八次郎の息子、初代孝太郎(1883‐1945)は長岡に残っていた一家全員と共に第二次世界大戦の空襲で亡くなりましたが、不幸中の幸い、戦地に赴いた新作(1915‐88、後の二代目孝太郎)は帰還することができました。
二代目孝太郎は三味線屋に全く興味がなく、戦前でも家業を継ぐ意志は持ち合わせていなかったとのことです。しかしながら自らの生活や戦後戻ってきた職人達の生活のためには家業を再建せざるを得なかったと言います。何の知識もない孝太郎は随分と苦労をしたようです。初代までが続けてきた花柳界を顧客の中心とした小売屋形態の商売は順調だったようですが、小売業から脱却したいと決めていた孝太郎には暗中模索の日々が続いたようです。このころから小売業からメーカーへとの意識が芽生えていたのでしょう。

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プラスチックに見る経営理念
なんとか安価で便利な楽器はできないだろうか?」と考えていた孝太郎の目に留まったのが、当時としては楽器に全く使われていなかったプラスチックでした。今では普通に使われているプラスチック製の琴柱ですが、最初は演奏家はもちろんのこと同業者にも受け入れられなかったそうです。時代の変化とニーズの変化がプラスチック素材を認めたのかもしれませんが、着眼点の鋭さと開発を続けた努力こそが商品としての完成を実現させているのだと思います。

過去を知り,過去を恐れず。常に前を見て、演奏のために必要な楽器作り


弊社の経営理念の一つです。


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1949年 (有)三島屋プラスチック工業所 改組
      代表 山田 孝太郎

1953年 (株)三島屋楽器店 改組
      代表取締役 山田 孝太郎

1988年  代表取締役 星野 晃一 就任

1992年  代表取締役 山田 京一 就任

                    現在に至る。

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